* モテない男と女のラプソディ


5.


 降り立った瞬間、あぁ、帰ってきたな。と思った。大きく伸びをしてみる。反射的に吸い込んだ空気が、心成しか澄んでいる。気がした。
知らないメールアドレスから中学時代の同窓会の連絡が来たのは、一ヶ月前。相手は当時のクラスメイトで女子のリーダー格だった派手な女の子、石井玲香から。彼女とは全くもって親しくはない。一体どういうツテで俺の連絡先を知ったのか定かではないが、折角こうして呼んで貰えたんだから、参加してみようという気になった。それに、こんな機会がないとあのクソ田舎に帰ることもまずない。田舎の若者は大抵、就職先を東京や大阪や名古屋などの都会に選び、地元に残っている友人なんて全くいないからだ。両親と年の離れた妹が地元には残っているが、別段、出向いてするほどの会話はない。母親からは時折宅急便と電話が掛かってくるが、親父とは特に接触もないし、妹とは元々仲のいい兄妹でもなかったため、連絡は取り合っていない。一時、登録しただけで殆どやっていなかったソーシャルネットワークの友人申請に妹の名前があって、三日間頭を悩ませたことがある。コイツ、何考えてんだ。若しかして母親からのまわし者か。それとも単なる気まぐれか。妹の日記も呟きも見たくはなかったし、自分の私生活を覗き見られることも抵抗があったが、そもそも俺は日記なんて書いていなかった。つまり、別に困ることなんて何にも無い。ってことに気付いて三日目に、承認ボタンを押した。それからは一度も接触を取っていない。もう、二年ほど前の話だ。
石井からの情報によると、連絡がついたのは殆ど女子ばかりの十五人。内、男子は三人らしい。開始時間は十九時から。場所は中学の最寄の駅前にある飲み屋街のひとつで、俺は有休休暇を取りここまで新幹線と特急列車を乗り継いで来た。時刻は十八時五十分。今から行けば開始時間ジャスト。だが、俺は敢えて駅前のパチンコ屋に入った。理由は簡単。こういう会、男は遅れて登場するものだからだ。つまり、最初から顔を出せば俺は殆ど喋ったことのない女子に囲まれて暇な時間を暫く過ごす状況に陥る。それを回避するため、他の男連中が着そうな時間帯を狙って顔を出す算段だった。
三十分ほど、出すつもりもない台を連続リピートで回し、野口英世が一枚飲まれた辺りで店を後にした。入り口付近で、一本煙草も吸っておく。女子が中心の飲み会なら、禁煙の空気が流れているかもしれない。
「お、岩原だっ。念願の男子登場でーす」
 通された座敷に入った瞬間、声が掛かった。おぼろげにしか覚えてなかったが、確かこいつが石井だ。まあまぁ、この辺に座って。と、奥の空いてる席を示される。座席は殆ど埋まっているようで、女子の間にぽつぽつと飛び石で空席があった。
 この様子、どうも俺が男で一番乗りだし、後から来るだろうと思われる男ふたりとも会話できる配置ではない。
「岩原変わってないねー」
「髪型まで同じじゃない、」
「ホントだ。ちょっとは成長しなよっ」
 周りの女子たちがけらけらと笑いながら新参者の俺に対応する。お酒の力も手伝ってか、久しぶりに顔を合わせた所為か、みんなテンションが高い。
「でも生え際だけ後退したっていう」
 俺は前髪をペロッとめくって見せた。お決まりの自虐持ちネタ。案の定、やだ、本当だ、と笑いも誘えたが、石井の発した、
「男子もハゲ始めるくらいあたしらも年喰ったってことよね」
「恐いわぁ」
 という流れに持ち込まれてしまい、十年の月日を感じさせるリアルな老化ネタになってしまった。
「牧原と上智は、」
「牧原は遅れてくるって。上智は二次会からの参加」
 右隣に座った黒髪ショートボブの女子が答える。残り二名の勇敢なる男子の参加者の行方を尋ねてみたが、あまり好感触な回答ではない。派手な髪飾りにデカイピアスを耳からぶら下げ、睫はバシバシと音がしそうなほど盛られていて、頬も異様に赤い。この子、誰だったっけ。ふーん、そっか。と適当に相槌を打つ。
「ねぇねぇ、あたし誰だか判る、」
 斜め向かいに座るお団子頭のベース顔の女子がせっついてくる。隣の子が、またそれ云ってる、と笑う。
「誰が誰だか判んねぇよ。中学時代と違ってみんな化粧で化けてんじゃん」
 正直な感想をここぞとばかりに発言する。変に知ったかぶりするより、最初の段階で正直に覚えてないことを暴露してしまった方が気が楽だ。 お団子頭は絶対驚くと思うよ、と自信たっぷりに含みを持たせて、ソフトボール部の四番、神薙円だよ、と云った。
 お。おぉ。神薙円といえば、うちの中学で強豪だと有名だったソフトボール部を全国大会まで引っ張った四番じゃないか。確か、真っ黒に日焼けした顔黒ギャルを連想させるような顔に、ドレッドヘアのようなチリチリのクセ毛の、特徴的ないでたちだった。
「吹っかけてんじゃねぇよ」
「ほら、信じられないでしょ。信じられないくらい色白になったでしょ。髪もストパー当てたし、そばかすもエステでだいぶ消して貰ったんよ」
 マジで。本気で神薙円なの。
神薙の名を語る人物は色白で、髪も自然なストレートになっていて、大人な淡いピンクのカーデガンを羽織っている。耳には小ぶりなピアスを付け、頬を薄くピンクに染めて喋る。服装だって清潔感に溢れていて、スポーツをやっていたような体型にもあまり見えない。当時は制服のスカートの下からいつも赤い学校指定のジャージをモロ出ししていたくせに。人ってこんなに変われるもんなんですか。
「岩原はぜんぜん変わってないから信じられないかもしんないけどね。あんたの変わったところといえば、身長が伸びたことと生え際後退したことくらいでしょ。相変わらず肌は白いし、そばかすだらけだし」
「男は化粧で隠せないのっ」
 この挑戦的な口調、確かに神薙だ。
俺は部活関係で神薙とはそれなりに接触があった。和太鼓隊という文科系か体育系か微妙なポジションの男子部活に所属していた俺は、大会出場する部活の遠征に、応援団という位置付けで付き添っていた。対して才能がなくっても授業を堂々とサボれて全国各地を仲間と一緒に旅行できるというオイシイ面だけ見て入部した。実際、ソフトボール部には全国大会まで連れて行って貰えてその目的は達成されたのだが、グラウンドで何時間も太鼓を叩かなければならないのはそれなりに辛かった。お陰で、神薙の云うように顔にはそばかすがいっぱい出来てしまったのだ。
 宴会はウエディングドレスの話題で盛り上がっていた。田舎の婚期は早い。世間では二十五なんてまだまだ独身者も多いイメージだろうが、都会と違って娯楽の少ない田舎では最大の楽しみは恋愛とセックスになるようで、とにかくみんな結婚が早かった。現に、今ここで話題になっている結婚式で着たドレスの話も、殆どの連中は過去の話として語っていて、今年結婚を控えている子に何人かがアドバイスをしているみたいだ。
 十数人の飲み会で男は俺ひとりだけって。ハーレム状態じゃん。なんて来る前は一瞬思ったけれど、蓋を開けてみれば周りに座るは人妻ばかりなり、ってか。何だか逆に情けない。それに、ウエディングドレスの話題なんて興味もない上に、会話に入り込む隙すら見当たらない。
「サラダ、要る、」
 左隣に座る女子から声が掛かった。大皿まで手が届かない俺を気遣って、取り分けてくれたらしい。あ、ども。と言って受け取る。ゆるいクセ毛のようなウェーブの掛かった淡い栗色の髪を胸元までおろしていて、薄化粧なのに紅を引いたように唇だけ妙に血色のいいアンバランスな色合い。透け感のある淡い水色のシフォンのブラウスを着た彼女は、何処となくお嬢さん風の雰囲気。こんな子、クラスにいたっけ。いや、でも中学時代の話しだし、あれから十年も経過している。神薙もそうだったけど、女性は化粧で化けることだってできるし、服装で雰囲気だって劇的に変わるもんだと話にはよく聞いていただろ。
「退屈じゃない、」
 しまった、顔に出てたか。俺には無縁すぎる結婚式話が永遠と繰り広げられる所為で、どうしても話題には入っていけないし、相槌すら打てない状況が続いていたから。
「まぁ、女の子ばっかだしね」
「じゃなくって。誰が誰だか、よく判ってないでしょ」
 えっ。思わず声が漏れた。核心を突いた科白。彼女はふわっと笑った。悪戯に、ではなく、優しく笑った。
「だって、岩原くんって、あんまり学校に来てなかったもんね」
「そうだっけ、」
「忘れたの。私、学級委員だったからあなたの家まで溜まったプリント類を届けに行ったことあるんよ」
 そういえば、そんなこともあったような気がする。両親が早朝から働きに出ていて通学時には誰もいない家だったもんで、当時の俺は好き勝手に学校をサボっていた。その日の気分や、授業や担当教員の好き嫌いでよく仮病を使った。苛められっ子だったわけでも何でもなくって、ただの自己中心的な人間だったのだ。それに、クラスでも気に入らないヤツとは直ぐに殴り合いの喧嘩をしていたし、いわゆるプチ不良だったのかもしれない。
「岩原くんって殆ど学校来ないし、来てもすぐ喧嘩するし、ちょっと恐いイメージあったから。私、勇気出して家まで行ったのに、突き返されたんだよ」
 今は昔。そういうノリで、彼女は笑った。
 あの日、俺は面食らったのだ。まさか先生ではなく、殆ど喋ったこともない学級委員の女子が家まで来るとは思わなくって。家のドアを開けた瞬間、つっけんどんな態度を取ってしまった。今も昔も変わらず、女の子にはどう接すればいいのか判らなかったというのもあるし、サボりを指摘しに来たお目付け役になんて対応すればいいのか、機転が利かなかったのもある。おずおずと、明日は学校に来てね。といってプリントを渡してきた彼女に俺は、面倒臭ぇ。と呟いたような気がする。いや、正確には何て云ったかまでは覚えてないのだが、俺の放った言葉で彼女が涙目になって慌ててマンションを後しにてしまったことだけは、ハッキリと覚えているのだ。長くて短いようなこの二十五年の人生の中で、ヤベェ、女の子を泣かせてしまった。と慌てたのはあの時だけだったから。
「でもあの後、ちゃんと学校行ったよね」
 昔の恥ずかしい記憶を掘り返されて、苦笑いで言い訳をする。彼女は、そんなの当たり前でしょ、と頬を膨らませながらも、少しはにかむようにして続けた。
「でも、ちょっと嬉しかったな。私が家に行った翌日から、毎朝真面目に登校してくれるようになったから」
 そりゃね。女の涙に男は弱いってのはよく云ったもんですよ。クラスの女子に泣かれてまでサボるような大層な理由もなかったわけだし。
 でも待てよ。学級委員をやってた女子って、絵に描いたような目立たない、大人しくて周りにその役割を押し付けられたかのような子じゃなかったっけ。確か、眼鏡をかけていて、おかっぱを少し長くしたようなパッツンのストレート黒髪で、美術部に所属していた。名前は確か、タカイ。タカイミドリ。
ってことは、この子があの高井水鳥なのか。
 揺れるふわふわの栗毛を見ながら、ぜんぜん、別人じゃないですか。と思った。思わずまじまじと、隣で料理をよそう彼女を見遣る。全然別人、とは思ったものの、記憶を辿れば確かに彼女の面影がある気もする。まぁ、当たり前だ。本人なんだから。
「ところで高井って、今も地元に住んでるの、」
 大人しくビールのみを追加しながら会話を続ける。どうやら遅れてくる男二名は地元で就職しているらしい。まぁ、この男女比率の同窓会に、わざわざ帰省までする俺の方が珍しい人種なのだろう。
「うん。地元の小さな印刷業者でOLやってるよ」
 てことは、まだ彼女は結婚していないのかもしれない。何故なら既婚者たちはここぞとばかりに旦那の話をしたがるし、地元で結婚した奴らはあまり共働きの家庭がないように思う。ここで繰り広げられている八割強の人妻たちの会話も先程から聞いていると、パート先の話やら子供の育児の話やらママ友の話やらあとちょっと旦那の愚痴やらが大半で、同級生たちはもうすっかり主婦の顔になってしまっていた。そんな中で、高井の言葉に登場したのはOLの二文字。それに、左手薬指に指輪がない。
 だから高井は他の女子とはあまり話してなかったのかもしれない。
急速に、彼女に親近感が涌いた。ここでは貴重な独身同士。ちっぽけだけど、二人だけの思い出話もある。そして、劇的な変化ではないけど昔に比べて垢抜けた雰囲気になった女の子。期待しなかったわけではない、同窓会ロマンスってやつがふと、脳裏に過ぎった。




BACK HOME NEXT


 ネット小説ランキング に投票 | ←面白かったらクリックお願いします♪ | 感想などくださる方はHOMEへ(^-^)


【作者のこぼれ話】 2012/04/18/Wed

誰にだってある、淡い期待やありがちシュチエーションです。
プチ不良でよく社長出勤(昼から登校)していた私は、高校の同窓会のときにクラスの男子から「沢村さんって殆ど朝の会に出たことないよね」と言われてドキッとしましたよ。あと、本当に別人のように変わった女子も中にはやはりいました。
男子視点からの参考は、女子が主催の同窓会に出席する際の極意を語ってくれた男の子の「男は遅れて来るもんだ」信念。(笑) 理由は、前述の通りです。あと、「女の涙」のエピソードも彼から拝借いたしました。
そんなふたりがもし同窓会で出会ったら・・・? みたいな。わくわくな展開。実際にも充分起こりそうではないですか?

そして女の子への対応が良く判らないという草食系男子とは、学生時代に女子との接点の少なかった系統の男子にありがちだと思います。岩原くんがプチ不良だったりするのも、そう。ガッツリ不良は中坊時代から彼女がいそうだし、文科系男子は高校・大学でデビューしそうですしね。

今回の「乙女」的ポイント、どこだか判りますか?
一応、毎回、作者的乙女な視点を入れています。乙女な視点というか、「世の中の男性の思考回路がこうであればいいなぁ」という乙女の妄想(願望)ですね。

最近は舞台の台本の手直しに追われています。そして役者さんもぞくぞくと決まっていき、練習も始まっている模様。(私は仕事の関係でまだ練習に顔を出せていません)そして文章に行き詰ったときは、文章で息抜き。
書きやすい文章を書くことによって、脳が活性化されて、いいセリフが思い浮かばないかなーと。いうことで、恒例になってきた息抜きリアルサラリーマン小説・・・じゃなかった、乙女小説でした。


(C)2014 SAWAMURA YOHKO